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ゆとりですがなにか

父親との思い出、と言って思い出すこともあまりなく、かと言って恨んでいるということもない。

池袋のジュンク堂のうらの、いったことのない喫茶店で、最近のはやりだという角砂糖を見て、角砂糖は個別に包装されているものなのかもしれないと思っていると、彼女のおねえさんが最近のはやりなんだよと教えてくれる。裏返すと外国製で、コストコあたりで仕入れているのかもしれないと思った。むかし父親に車屋さんにつれていってもらったときのことを思い出していた。つれていってもらったはずだが、ついていった記憶がなく、どうやってそこにいったのか、どうしてそこにいたのか覚えていない。あのときふたりだけで車屋さんにいて、ただ向かい合って座っていただけだったが、車を買い換えたのがあのときだったという話も知らない。

なんらかのタイミングで、向かい合って座っている父が、ガムシロを水に入れるとあまくなってうまいというようなことを言ってきて、あたりまえだろと思いながら、客に対して差し出された水に砂糖を入れて飲むというバカバカしさがうらやましくなり、やってみないと気がすまず、ガムシロを水に入れて、きれいに分離しているのを見ながらストローでかき混ぜて飲んで、あまくて、あたりまえだよなと思った。

柳楽優弥の演技に泣きそうになった。親は親らしくしろというのはそのとおりだ。子は親を選べないと言っていたが、ほんとうは親も子を選べないはずだ。人間は人間を選べないから。吉田鋼太郎がちゃんと毎回からんできてくれてよかった。

安藤サクラがなんらかの秘密を暴露するところから来週の最終話がはじまる。上司とセックスしたことか、それが原因で赤ちゃんが、のどちらかだろうと話していた。赤ちゃんだとすると、上司とラブホのあとに岡田将生ともやってるから実は彼の子でした~というオチにしてもつじつまがあう。だとしたら遺伝子検査をするのかという話になってくるが、おなかのなかの赤ちゃんにそれは可能なのか。いま思ったけど上司とはやってないのではないか。まーちんが早とちりというスジ。

傷心旅行としてあかねちゃんとやまじはふたりでひとつ屋根の下で、やるのかやらないのかという話をしていた回のセリフで、「言わなきゃわからないよ」というのがあって、これじゃなきゃいけなかったんだという話をした。言ってくれなきゃわからないよ、という一方的な受け身ではなくて、話者と対象がつねに入れ替わる。自他だけでなく、他のなかでも対象が入れ替わる。主体がわからなくなる。

「(あなたが)言わなきゃ(わたしは)わからないよ」

「(わたしが)言わなきゃ(あなたは)わからないよ」

「(わたしが)言わなきゃ(あのひとは)わからないよ」

「(あなたが)言わなきゃ(あのひとは)わからないよ」

「(だれかが)言わなきゃ(あいつは)わからないよ」

「(だれかが)言わなきゃ(だれにも)わからないよ」

これが、あかねちゃんがほんとうはどういう気持ちなのか、安藤サクラの演技からぜんぜん読みとれない理由かもしれない。ストレートに伝わる(舞台的な?)柳楽優弥とは違う、素人っぽさ。ほんとうの人間っぽさ。安藤サクラの秘密の演技。

言ってくれなきゃわからないよ、と言うのがふつうの人間だと思う。かと言って、口にしたことすべてがほんとうのことになるわけでもない。わかるのは、だれかがなにかを言ったこと、やったらしいこと、それを想像できること、想像できないこと、わからないこと、わかりそうだということ、……